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かくれみの

上手く伝えられない想いの言語化

女性でいたい。わがままに。

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女性らしさって。

 

普通は、少女から大人になる最中で育まれるものなのかしら。

 

青春の中で、20代に入って、

 

お化粧したりブリッコしたり、

 

探求されていくのが普通の女性らしさかしら。

 

そうして名実共に女性になったら結婚が待っていて、

 

子供がもしできたら母親になって、

 

何となく強くなっていくものなのかしら。

 

私はどこかで順番が違っていたみたい。

 

いや、順番通りだったのかもしれないけれど、

 

どこかで厳しく女性であることを抑制したのかもしれない。

 

というのは整体の先生の言葉をお借りしているのだけれど。

 

きっとそうだ。

 

いつ、どこで、何のためだったかは忘れてしまったけれど、

 

私は自分が女性であることを、愛されるべき存在であることを強く厳しく封印したのだ。

 

でも遠回りして、やっと、女性になりたいと思うようになった。

 

自分が女性であると感じることができるようになった。

 

もう、痩せなくていいし。

 

髪も短く切らなくていいんだよ。

 

少しぐらいふっくらしてていいし、

 

髪も伸ばしてみたっていいと思う。

 

私という女性を探しに行けばいいと思う。

 

私の中にあるロマンチックを全開に。

 

何も我慢しなくていいんだ。

 

出したいだけ出せばいいんだ。

 

本当の私を思う存分に。

 

わがままに、女性でいればいい。

 

 

見てきたもの

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生まれた年も

 

場所も

 

育った土地も

 

環境も

 

見てきた景色も

 

聞き慣れた音も

 

何もかも違う

 

何もかも違うのに

 

こんなにも長い間離れていたのに

 

生まれてから一度だって

 

出逢ったことはなく

 

もしかしてどこかですれ違っていても

 

気付くはずもなく過ごしてきたのに

 

あなたが見つめた的を 私もやがて追いかけて

 

私が行き着いた先にあなたがやってきたのは

 

私たちがこの世に生み落とされて

 

30余年経ってからのこと

 

 

 

何もかも

 

それとは気付かず始まり

 

必然的に結び合わされた

 

 

 

愛とは何なのか

 

今でもこれだという定義はできないままでいる

 

だけどあなたのために何ができるのか

 

自分を大切にするにはどうすれば良いか

 

そういうことを考えられるのは

 

愛の領域なのかもしれない

 

 

 

ひとりで居た30数年を

 

あなたと一緒に越えられるようにと

 

心から祈っている

 

 

 

 

 

 

 

掃除

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信じられないのは、人の愛じゃなくて自分自身

 

今までやってきたことも全て、自分を褒めたことがない

 

本当にナイフを持って手首を切る人はいるけど

 

私がやってるのはそれと一緒なんだ

 

言葉という刃で、これでもかっていうほど自分を傷付ける

 

傷付けて傷付けて、傷付け倒して、それでも自分を抱きしめられずにいる

 

愛が枯渇していて、何ももう埋まらない

 

痛みも感じずに

 

泣きたくても泣けない

 

私を好きだという人も

 

私への愛情も、何もかも

 

私を救うことはない

 

私は信じない

 

いつも私自身を疑って、軽蔑して、どんなにやってもやり足りないくらい、言葉で罵倒して終わる

 

自分にしかないものなんて

 

そんなの見つからないなら

 

誰もが持ってるのに私だけが持ってないものを欲しいと思う

 

人と比べて優越感を持ちたい

 

あの人より私の方がスタイルがいいとか

 

頭がいいとか

 

私の魂に何の関係もないものばっかり欲しがってる

 

そして、ないことを責めて、消えたくなって、苦しくなって泣く

 

そんな私を見て欲しいんじゃない

 

きれいな時だけ見て欲しい

 

優しくできる時だけ居て欲しい

 

私が泣く姿も

 

弱い姿も

 

私が私を殺したくてしょうがない時も

 

見なくていい

 

そんな時にそばにいてほしくない

 

そんなもの共有してほしくない

 

私が自分を叩きつける時間を

 

邪魔しないで欲しい

 

思う存分自分を

 

罵倒しなければ

 

私は生きていけないのだ

 

 

 

昨夜の涙

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昨日の夜は、瞑想しながら息子が小さかった頃へ遡った。

 

小さい、一歳か二歳くらいの息子は泣いていて…

 

きっと、昔の私に叩かれたり、怒鳴られたりしたんだろう

 

私はいたたまれなくなって、息子を見ながら、泣いた。

 

涙がどんどん溢れて、それはもう息子を通して自分のために泣いているんだろうけど、

 

涙は止まらなかった。

 

息子はあの頃、私の代わりに泣いていたのだ。

 

泣いても泣いても泣き足りない、

 

死にたいと思っている母親の代わりに、

 

ずっとずっと泣いていたのだろう。

 

あの頃に戻れたら…

 

私は息子を抱きしめるのに…

 

そう思いながら泣いたけど、

 

それは今の私のすることではない。

 

私はあの頃住んでいた部屋のソファを見た。

 

そしたら、あの頃の私がいて、私も泣いていた。

 

だから、廊下で泣いている息子を、彼女の元へ連れて行ってあげた。

 

彼女は泣きながら、泣いている息子を抱きしめた。

 

そして私は、二人を抱きしめた。

 

お願い、ね。

 

もう苦しまないでね。

 

私は何度でも戻ってくるから。

 

あの頃の私を救いたい。

 

今の私を救いたい。

 

神様。

 

どうか。

 

私が私を癒せますように…

 

 

 

 

信じること

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私はまだ自分を信じることができていないみたいだ。

 

自分を信じられないから、人も信じられない。

 

疑うことで言い訳を作ってる。

 

その状態で安定しようとするクセ。

 

心配することで安心する。

 

一見真逆の行為だけど、疑っておくことで傷付くことから自分を守ろうとしてるんだな。

 

もう、信じようよ。

 

そんなに疑ったら、私、かわいそうだよ。

 

私が私を一番信じてない…。

 

幸せになる準備、できてるはずなのに。

 

 

 

きっと本当に信じたら、それが当然になって、

 

信じるとか信じないとか、そんな言葉もくくりも要らなくなるに違いない。

 

心から

信じる場所に行きたい

 

 

 

 

 

結婚

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結婚に良いイメージがなかったのです

 

義務とか

 

嫌なことをやらされているだけとか

 

こうあるべきとか

 

誰かが作った型にはめようとされるものだと

 

思っていたのです

 

だけど今は違う

 

先日、夫の高校からの友人たちが、

 

披露宴をしない私達のためにパーティーをしてくれました

 

その時夫が着たシャツを洗って、アイロンをかけていると…

 

幸せなんです

 

財産って

 

その人が築いてきたもの全てなんだと思った

 

夫が大切にしてきた、友人たち

 

彼らとの時間を、私は分けてもらった

 

共有させてもらったのです

 

その幸せに気付いて、うれしくて、うれしくて…

 

私はなんて幸せなんだろうと

 

こうやって、文章にせずにはいられなかった

 

これからもずっと夫のそばにいたい

 

そう、思います